エターナルグリーン

ふうせんおじさんのその後

2013/9/10
以前から気になっていた風船おじさん。
その後の消息は未だ不明なのだそうだ。

当時の概要がウィキペディアに掲載されていたので、一部抜粋して紹介してみたいと思う。

1992年11月23日、当時52歳でヘリウム入りの風船を多数つけたゴンドラ「ファンタジー号」の試験飛行を琵琶湖畔で行う。

この日の名目はあくまで200メートルあるいは300メートルの上昇実験ということだった。
しかし、120メートルまで上昇して一旦は地上に降りたものの、16時20分頃、「行ってきます」と言ってファンタジー号を係留していたロープを外した。「どこへ行くんだ」という三輪教授に「アメリカですよ」との言葉を返し、重りの焼酎の瓶を地上に落とし周囲の制止を振り切って、アメリカネバダ州サンド・マウンテンをめざして出発した。

翌日は携帯電話で「朝焼けがきれいだよ」と連絡が取れたものの、2日後にSOS信号が発信され海上保安庁の捜索機が宮城県金華山沖の東約800m海上で飛行中のファンタジー号を確認した。
しかし捜索機に向かって手を振ったり座り込んだりして、SOS信号を止めた。
ファンタジー号の高度は2,500メートルで、高いときには4,000メートルに達した。
約3時間の監視ののち雲間に消えたため、捜索機は追跡を打ち切った。

鈴木の計算では、ファンタジー号は、高度1万メートルに達すれば、ジェット気流に乗って、40時間でアメリカに到着するはずだったが、以後の消息は不明である。
当時の気象大学校の教頭である池田学は『朝日新聞』の取材に対し、「生存は難しいだろう」と答えている。
ファンタジー号のビニール風船の素材が塩化ビニールならば、1日に約10%の割合でガスが抜け、 海に着水している可能性が指摘されている。


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最終更新日:2017/12/15



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